「今日も、絵本を読んであげられなかったな」
洗い物を終えて、寝てしまった子どもの顔を見ながら、ふっとそう思う夜があります。仕事から帰って、ごはんを食べさせて、お風呂に入れて、それだけで一日が終わってしまう。気づけばスマホで「絵本 読まないと 影響」なんて検索している自分がいる。検索結果には「言ってはいけない言葉」だとか「危ない親のタイプ」といった刺激的な言葉まで並んでいて、余計にしゅんとしてしまう。
イギリスにいたころ、寮の近所に住んでいた家族の台所に、土曜の朝よくお邪魔していました。パンが焼ける匂いのする狭い台所で、4歳のエミルが自分の胴体より大きなトナカイの図鑑を抱えてやってきて、表紙のトナカイの角を指でたたきながら「これ、ぼくの」と言う。お母さんは粉のついた手をタオルで拭いて、「きのうも読んだよね」と笑いながら、結局その場で膝に乗せてページを開く。毎晩きっちり寝る前に絵本を開く家庭ではありませんでした。それでも、その子はよく笑い、よくしゃべりました。
この記事では、研究で分かっていることにもすこしだけ触れながら、読めない日があっても子は育つと言える理由を、ゆっくり整理してみたいと思います。
絵本の読み聞かせが毎日できない日、親が抱えがちな不安の正体
「今日も読めなかった」と自分を責めてしまう夜のこと
不安の正体は、たいてい「比べる相手」がいることだと思うのです。
SNSには、寝る前に3冊読んだという投稿。保育所のおたよりには「毎日の読み聞かせを大切に」という一文。園のお友だちのお家には、絵本がずらりと並んだ本棚がある。どれも悪意のない情報なのに、疲れた日に受け取ると、自分の子育てが足りていないように感じてしまいます。
共働きで、平日に自由に使える時間が1時間もない。朝は着替えと朝ごはんと保育所の支度でばたばたして、帰ってからは寝かせるまでが一直線。そんな状況で「毎日読む」を目標にすれば、達成できない日のほうが多くなるのは当たり前のことです。できないことを目標にして自分を採点し続けると、絵本そのものが、なんだか気の重いものになってしまいます。
読み聞かせの冊数で親子の時間を採点しなくていい理由
「何冊読んだか」は数えられます。数えられるから、つい指標にしてしまう。でも、数えられないもののほうが、子どもの中にはたくさん残っているのではないかなぁと感じます。
膝の上のあたたかさ。「これなに?」と聞いたときに返ってきた親の声。読み終わったあとに一緒に笑った時間。そういうものは冊数に換算できません。
「読まないと発達が遅れるの?」と聞かれたら、それは言いすぎだとお答えしたいです。読み合う時間が語彙や読む力とゆるやかに関係していることは研究でも言われていますが、それは「読まなかった日が育ちを決める」という話ではありません。だからこそ「読めたら嬉しい、読めない日もある」くらいの距離感がちょうどいいのだと思います。

読めない日があっても子は育つ、と言える考え方
回数より、絵本を開いたときの関わり方の質が残る
こんな実験がありました。
ある研究者たちが、親たちを二つのグループに分けて、片方には「ただ読み上げるのではなく、『これ、どうなると思う?』『この子、なんて言ってるんだろうね』と問いかけながら読んでみてください」と伝えました。もう片方は、いつもどおりの読み方。しばらくして子どもたちの言葉を調べてみると、問いかけを交えて読んでもらった子たちのほうが、言葉の伸びに違いが見られたのです。
読んだ冊数ではなく、開いたときのやりとりのほう。わたしはこの結果を知ってから、ずいぶん気が楽になりました。1冊でも、途中まででも、「どう思う?」が一回あればそれで意味があるということですから。
ほかの研究でも、回数より大人と子どもの会話のやりとりの多さが関わっているとか、同じ本を繰り返し読んだほうが新しい言葉が定着しやすいとか、そんなことが報告されています。そして大事なのは、読み聞かせは子どもの育ちに関わるたくさんの要素のうちのひとつにすぎないということ。日々の会話や遊び、その子が生まれ持った育ちのリズムのほうが、ずっと大きく関わっています。
子どもが本好きになる時期は一人ひとり違う
1歳で絵本を破くことしかしなかった子が、4歳で図鑑に夢中になる。0歳から読んでいたのに、5歳で外遊びしか興味がなくなる。近くで見ていると、本好きになる時期は本当にばらばらです。
年齢で焦らなくていい、と思います。小学校に入って文字が読めるようになってから物語にのめり込む子もいますし、学年が上がって図書館に通いはじめる子もいる。入口は、絵本以外にもいくつもあるのです。
赤ちゃんの頃に読めなかった分は、後からでも取り戻せる
「赤ちゃんのときに読んであげられなかった」という後悔の声をよく見かけます。でも、言葉や読む力が育つ窓は、乳児期でぴたりと閉まるものではありません。幼児期を通して、そして小学校に入ってからも、子どもは言葉を吸収し続けます。
これから読み聞かせを始めたい方は、赤ちゃんへの絵本の読み聞かせ、何歳から始めたらいいの?も参考にしてみてください。
「たくさん読んだ子は頭が良くなるんでしょうか」と聞かれたら、わたしは「言葉に触れる機会が増えるので、有利になりやすい。でも読んだ冊数が賢さを保証するわけではない」と答えたいです。誇張のない範囲で言えるのは、そのくらいなのだと思います。
読み聞かせが具体的にどんな力を育ててくれるのかは、絵本の読み聞かせがもたらす効果とはでまとめています。

無理なく続けるための、読み聞かせのハードルの下げ方
1日1冊・3分だけと決めてしまう
実際にわたしが試してみて効いたのは、目標をうんと小さくすることでした。「毎日3冊」ではなく「読める日に1冊、3分だけ」。
ページの少ない薄い絵本を数冊、手の届くところに置いておく。全部読めなくても、途中でやめてもいい。そして、回数を積み上げようとしないこと。今週は何回読めた、先週より少ない——そうやって数えはじめると、また採点がはじまってしまいます。今日読めた1回は、それだけで完結しています。積み上げなくていいのです。
寝る前にこだわらず、朝や休日など読める時間帯に寄せる
寝る前は、親がいちばん疲れている時間帯でもあります。そこに大事な習慣を置くと、うまくいかない日が増えてしまう。
朝ごはんを食べ終えて、家を出るまでの数分。保育所から帰って、ごはんができるまでの15分。休日のおやつのあと。子どもと自分の機嫌がいい時間に寄せてしまうほうが、ずっと続きます。わたしは「夜に読むもの」という思い込みを外したとき、少し肩の力が抜けました。夜じゃなくていいんだなぁ、と。
子どもが大好きな本を繰り返し読むのは手抜きではない
同じ絵本ばかり持ってこられて、「またこれ?」と思ったことはありませんか。うちの子は、ページをめくる前に「ここ、こわいとこ」と自分で予告してきます。全部覚えているのに、それでも同じ本を選んでくる。
研究でも、同じ物語を繰り返し読んだ子どものほうが、新しい言葉をしっかり覚えていたという報告があります。子どもが繰り返しをせがむのには、ちゃんと理由があるのです。
新しい絵本を用意できなくても大丈夫。お子さんが大好きな1冊を何度も読むことは、立派な読み聞かせです。

絵本が読めない日にできる、代わりの関わり方
今日あった話を聞くだけの5分をつくる
研究でも、聞かせる言葉の量よりも、大人と子どものあいだで行き来する会話のやりとりのほうが、言葉の育ちに関わっていることが分かっています。
これは、絵本が開けない日の救いになる話だと思います。お風呂で「今日いちばん楽しかったことは?」と聞く。ごはんを食べながら、園で笑った話を聞く。返事が短くても、「それでどうしたの?」ともう一往復するだけで、やりとりは増えていきます。
親が本を読む姿を見せることも読書への入り口になる
もうひとつ、家の中でできることがあります。それは、自分の読書を子どもに見せてしまうこと。
親が文庫本や雑誌をめくっているそばで、子どもがなんとなく絵本を持ってくる。そんな場面を、何度か見てきました。読み聞かせをする体力がない日は、隣で自分の本を読むだけでもいい。子どもは、大人が楽しそうにしていることに興味を持つものなのだなぁと感じます。
- 図書館や本屋に寄って、子どもに自分で1冊選ばせる
- 絵本のかわりに、スマホの写真を一緒に見ながら「このとき、こうだったね」と話す
- 歌や手遊びで、言葉のリズムに触れる
- もし頼れる人が近くにいれば、電話やビデオ通話で子どもに話し手をやってもらう

毎日読めなくても、親子の時間は積み重なっている
子どもの興味が動き出したサインの見つけ方
読み聞かせが習慣になっているかどうかより、子どもの興味が動いた瞬間に気づけるかどうかのほうが、たぶん大事です。
うちの子が、絵本の虫のページばかり開くようになった時期がありました。正直に言うと、同じダンゴムシの見開きを何度も見せられて、ちょっとうんざりしていたのです。でも、あるとき図書館で昆虫の図鑑を1冊借りて足してみたら、次の日には知らない虫の名前を10個も口にしていて、こちらが目を丸くしました。「これ、あしが6ぽん。だからむし」なんて、どこで覚えたのか得意そうに教えてくれる。
同じ登場人物の名前を連発する、自分で文字をなぞりはじめる、図書館の絵本コーナーから離れない。そういう小さなサインが出たら、そこに一冊足してあげればいい。子どもの側から来た興味は、親が用意した計画よりずっと強いエネルギーを持っています。
読み聞かせを長く続けるために親が手放していいこと
最後に、手放してもいいと思うものを書いておきます。
毎日読まなければ、という前提を、そっと閉じてしまいましょう。冊数で子育てを採点することも、途中でやめたら意味がないという思い込みも。ついでに、あの家の立派な本棚と自分の家を並べて見るのも、もうやめていい。どれも、子どもが求めているものではありません。
読み聞かせは、教育のノルマではなく、親子で楽しく過ごすための道具のひとつです。読めなかった日は、代わりに話を聞いた日。それでじゅうぶんだと思うのです。
わたしも、毎晩きれいに絵本を開けているわけではありません。それでも、たまに読んだ一冊を子どもがいつまでも覚えていたりして、驚かされます。読めなかった日をかぞえるより、読めた日をひとつ思い出してみる。そのくらいの気持ちで、みなさんもどうか自分を責めずに。
※この記事で触れた研究は、いずれも学術誌に掲載された報告をもとにしています。研究は集団の傾向を示すもので、個々のお子さんの育ちを判定するものではありません。気になることがあるときは、園の先生や地域の相談窓口に話してみてください。
参考文献
- Whitehurst, G. J., Falco, F. L., Lonigan, C. J., Fischel, J. E., DeBaryshe, B. D., Valdez-Menchaca, M. C., & Caulfield, M. (1988). Accelerating language development through picture book reading. Developmental Psychology, 24(4), 552–559. https://doi.org/10.1037/0012-1649.24.4.552
- Horst, J. S., Parsons, K. L., & Bryan, N. M. (2011). Get the story straight: Contextual repetition promotes word learning from storybooks. Frontiers in Psychology, 2, 17. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2011.00017
- Romeo, R. R., Leonard, J. A., Robinson, S. T., West, M. R., Mackey, A. P., Rowe, M. L., & Gabrieli, J. D. E. (2018). Beyond the 30-million-word gap: Children’s conversational exposure is associated with language-related brain function. Psychological Science, 29(5), 700–710. https://doi.org/10.1177/0956797617742725
- Bus, A. G., van IJzendoorn, M. H., & Pellegrini, A. D. (1995). Joint book reading makes for success in learning to read: A meta-analysis on intergenerational transmission of literacy. Review of Educational Research, 65(1), 1–21. https://doi.org/10.3102/00346543065001001

よくある質問
- 絵本を読まないと子どもの発達に影響しますか?
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本文では「読まないと発達が遅れるの?」という問いに対し、それは言いすぎだとしています。読み合う時間が語彙や読む力とゆるやかに関係していることは研究で言われていますが、読まなかった日が育ちを決めるわけではありません。
- 絵本をたくさん読む子は頭が良くなりますか?
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言葉に触れる機会が増えるので有利になりやすいですが、読んだ冊数が賢さを保証するわけではないと本文で述べられています。読み聞かせは子どもの育ちに関わる多くの要素のうちのひとつにすぎません。
- 毎日読み聞かせができない場合、どうすればいいですか?
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「毎日3冊」ではなく「読める日に1冊、3分だけ」と目標を小さくすることが効果的だと紹介されています。今日読めた1回で完結すると考え、回数を積み上げようとしないことが大切です。
- 同じ絵本ばかり繰り返し読むのは良くないのでしょうか?
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むしろ研究では、同じ物語を繰り返し読んだ子どものほうが新しい言葉をしっかり覚えていたという報告があります。子どもが同じ本を繰り返しせがむのにはちゃんと理由があり、手抜きではなく立派な読み聞かせだとされています。
- 子どもが本好きになる時期はいつ頃ですか?
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本文では、本好きになる時期は一人ひとり本当にばらばらだと述べられています。1歳で絵本を破くだけだった子が4歳で図鑑に夢中になったり、小学校に入ってから物語にのめり込む子もいるため、年齢で焦らなくていいとされています。
- 絵本を読めない日には何をすればいいですか?
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今日あった話を聞くだけの5分をつくる、親が自分の本を読む姿を見せる、図書館で子どもに1冊選ばせる、写真を見ながら話す、歌や手遊びをするなどの方法が紹介されています。会話のやりとりの多さが言葉の育ちに関わっているため、これらも十分な代わりになります。
- 読み聞かせを寝る前にしないといけませんか?
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本文では、寝る前は親がいちばん疲れている時間帯なので、そこにこだわる必要はないとしています。朝ごはんの後や保育所から帰った後、休日のおやつの後など、子どもと自分の機嫌がいい時間に寄せるほうが続けやすいとされています。





